第377回「型にこだわらない大切さ」

児玉伸也のブログ

「7つの習慣」は人が人らしく、自分らしい人生を生きるための、そして個人にも組織にも人間関係に置いても、長期的・継続的な効果(豊かで実りある人生)が得られる「原理原則」が描かれた書籍です。

原則とは・・・①万国共通で不変なもの
       ②質の高い結果を生みだすもの
       ③私たちの内面の外側にあるもの
       ④私たちが理解しなくても、受け入れなくても、必ず作用するもの
       ⑤自明的であり、理解すれば私たちに大きな力を与えてくれるもの

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「7つの習慣」はどれも大事な習慣です。一つがぜんぶにつながっています。

順番が大切ですが、どの習慣からはいっても良いと書かれています。

例えば第1~第4の習慣をすっ飛ばして、のっけから第5の習慣である「先ず相手を理解し、そして理解される」の”共感による傾聴”から始めることもできます。

ところが、自分との約束を守れない人が、相手を理解することができるでしょうか?言うことがころころと変わったり、責任から逃げてばかりいる人に、相手は信頼を寄せるでしょうか?やはり「人格」という根っこを育てながら、枝葉を広げていかなければ、相手からの信頼は得られませんよね。

人格を磨き育て、他者との相互依存関係を構築するのに、即効性のある薬はないということです。

○○コミュニケーションという講座を受けたところで、コミュニケーションはこれさえつかんでおけばOKなどという書籍を読んだところで、しょせん表面上のテクニックではすぐに見透かされてしまいますし、人の気持ちを動かしたり、本音の部分を聴いたりすることはできません。

共感による傾聴やアクティブリスニングが効果的にできるようになるためには、先ずは自らが信頼されるに値する人間になっていなければ、幾らスキル面だけを強化しようとしても、暖簾に腕押しとなるわけです。

アクティブリスニングのロープレ会や、クラブハウスなどに参加していると、どうしても”型”にこだわる方もいらっしゃいます。

それ自体悪いことではないのですが、あまりにも”型”(例えば、どんな質問ならして良いのか?タイミングは?メモを取りながら聞いた方がよいのか?メモは取らない方がよいのか?などなど)にこだわり過ぎると、本来の目的である”相手に気持ちよく話してもらうこと””自叙伝的反応をしないこと”といった基本が忘れがちになってしまいます。

私が思うに、人の話を聞くことにかんしては、型などないと思うのです。

本気で最後まで徹底的に、寄り添うように聴く・・・これだけのことだと思います。

相手の話しを本気で聞いていれば、自然とリアクション(うなずきや相づちなど)もするだろうし、「それって、こういうこと?」「だったら、こう?」といった自然な流れで質問も出てくるだろうし・・・いかに集中して、興味を持って、自然体で聴けるのか?これだけのことだと思います。

「自己満足ではない 徹底的に聞く技術」でアクティブリスニングを広めた赤羽雄二さんが、以前相談者に対して、「人の話を聞くだけですよ?そんなに難しいことですか?」と質問されていたことを思い出します(笑)⇒実際に聞けていない人が圧倒的に多い!!

皆さんの周りには、皆さんに話をしたい、聞いてもらいたいという方がどのくらいいらっしゃいますか?相談にのって欲しいという方がどのくらいいらっしゃいますか?

ここで「人格」の差が客観的数値で表れてくると思います。

 

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