第373回「原則中心に生きるとは」

児玉伸也のブログ

「7つの習慣」は人が人らしく、自分らしい人生を生きるための、そして個人にも組織にも人間関係に置いても、長期的・継続的な効果(豊かで実りある人生)が得られる「原理原則」が描かれた書籍です。

原則とは・・・①万国共通で不変なもの
       ②質の高い結果を生みだすもの
       ③私たちの内面の外側にあるもの
       ④私たちが理解しなくても、受け入れなくても、必ず作用するもの
       ⑤自明的であり、理解すれば私たちに大きな力を与えてくれるもの

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」には、日頃から自分がなにを中心に生きているのかを明らかにしましょうと書かれています。

これは実際に「7つの習慣」のワークでも取り入れられていて、「あなたの生活や人生の中心にあるものを明らかにしましょう」と書き出してもらいます。

多くの人が「家族中心」であったり「仕事中心」であったり、「お金・友人・パートナー中心」であると答えてくれます。

勿論、一つだけでは無くて「家族と仕事」と答える人もいれば、「仕事とお金」と答える人もいます。もっと複数な中心を置いている方もいます。

「私は原則中心に生きています」と言いきる方にはまだ出会っておりません。

しかし、よくよく話を聞いて行くと、実は無意識のうちに「原則中心」に生活していることを納得いただけることも多々あります。

圧倒的に多い「家族中心」の生き方は、家族と一緒に過ごすことが”共依存”に陥っている場合を除いて、”愛情”という原則に則っています。

ご本人は「家族中心」と思っていても、深く、そして無条件で子どもや配偶者と接していることは、中心にあるのは”愛情”という原則であったり、”尊重”という原則であったりするのです。

原則は自然の法則と同じで絶対的な真理。時代の流れや、そのときの状況で変わるものではありません。

原則以外のさまざまな中心は、すべて時間とともに失ったり、価値がなくなったりと変動するもの、普遍的でもなく、不変でもないという共通項があります。

深い愛情で結ばれた家族でもいつかは別れの時が訪れます。そのときに、原則を中心に生きている人は、その悲しみを受け止めた上で、いつかは乗り越えて自分の人生を生きていく選択ができるようになります。

「共依存」の関係でいると、”頼りにしていた”家族を失うことによって、「愛する家族を失った自分はもう生きて行けない」と、深い悲しみや怒りから永遠に解放されない状況(=自分の人生の脚本を自分で描けない)を作り出してしまうという”結 果”が待っています。

*価値観は行動を支配し、原則は結果を支配する法則。

もちろん、ある時期は仕事が生活の中心にくる場合もあるでしょう、子どもに手がかかる間はすべての生活は子ども中心になるときもあるでしょう、お金を稼がなければ生活も困窮してしまう場合は、お金を稼ぐことに中心を置くこともあるでしょう・・・これらは生きていくうえで避けられない現実です。原則を中心にしていないこととは異なります。

仕事ばかりで家庭をかえりみない、お金儲けのためならば手段を選ばない、同僚や友人からの頼み、上司から振られた仕事など家族や友人と過ごす時間が大切だからといつも断る、自分さえ楽しければ良い、パチンコ、お酒、ゲームにTVと娯楽を楽しむことにしか興味がない・・このように原則から外れた生き方を内面の中心にしている状態コロコロと気分次第であっちこっちに軸がぶれている状態が、原則以外のものを中心にしている状態です。

原則は常に私たちの周りに360度取り囲むように存在しています。意識さえしていれば、いつでも立ち戻れる心の中の中心軸です。

迷ったら原則に立ち戻るという習慣ができていれば、どんな状況、どんな場面においても、私たちに正しい選択をする力を与えてくれ、内面の安定(自尊心や人格的な強さ)・指針(目指すべき方向)・知恵(生活を送る上でのバランス感覚)・力(行動に移すための決意)を揺るぎないものにしてくれます。

「原則はどんなものにも影響されない。突然怒り出すこともなければ、あなたに対する態度が日によって変わることもない。別れて欲しいと言い出すこともないし、あなたの親友と逃げるなどと言うこともない。私たちの隙につけいることもない。原則は、近道でも、その場しのぎの応急処置でもない。他者の行動、周りの状況、その時代の流行に頼ることもない。原則は不変だ。ここにあったと思ったらいつのまにか無くなっていた、というようなことはない。火災や地震で壊れることもなければ盗まれることもない」完訳版 p156