Vフランクルの話し

児玉伸也社会保険労務士事務所 児玉伸也のブログ

「7つの習慣」は読んだだけでは効果がありません!実践してこそ初めて”効果”と”効果性”が得られます。御前崎市在住のガーデニング社労士、児玉伸也の「日本で2番目に判りやすい、7つの習慣実践講座」にようこそ。

「主体的である」とはどういうことか?大ベストセラー「夜と霧」でお馴染みのオーストリアの精神科医・心理学者Vフランクルの体験から学んで行きましょう!

フランクルは家族と共に、アウシュビッツに収容されその時の体験を描いたのが「夜と霧」でした。

しかし、「夜と霧」には描かれていない、当時の思い・考えが後に心理学・脳科学の世界に衝撃を与えます。

強制収容所に置いてフランクルの家族は命を奪われ、フランクル自身もいつガス室に送られてもおかしくない中、筆舌に尽くしがたい拷問に耐えながらも生還しました。

今の日本に生きる私たちには考えられないような想像を絶する体験。

気がふれるか、自死に至ってもおかしくない状況の中でフランクルが人間としての尊厳まで奪われなかった訳とは・・・

ナチス兵により、環境も身体も拘束され自由を奪われたフランクルでしたが、”反応を選択する自由”だけは奪われなかった!

どんな壮絶な拷問を受けていようとも、頭の中で知性・感情・道徳観・記憶と想像力をふるに働かせ”人間の最後の自由”である”思いや考えを選択する”自由だけは奪われず、人間としての尊厳を最後まで失わずに済んだのです。

どんな刺激を受けようとも、それが自分に与える影響を自分自身の中で選択することが出来たのです。

このフランクルの体験談がコヴィー博士によって、「刺激と反応の間には選択の自由がある」ことを示されました。

「想像を絶する過酷な状況の中で、フランクルは人間だけが授かった自覚と言う能力を働かせ、人間の本質を支える基本的な原則を発見した。それは、刺激と反応の間には選択の自由がある、と言う原則である」

 

Vフランクルの言葉・・・

「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」

 

「生きるとは、問われていること、答えること・・・自分自身の人生に責任を持つことである。ですから、生はいまや、与えられたものではなく、課せられたものであるように思われます。生きることはいつでも課せられた仕事なのです。このことだけからも、生きることは、困難になればなるほど、意味のあるものになる可能性があるということが明らかです」

 

現代社会を生きる私・私たちに問われている気がします。

自分が生きる役割、ミッションとは何でしょう?