「7つの習慣」は人が人らしく、自分らしい人生を生きるための、そして個人にも組織にも人間関係に置いても、長期的・継続的な効果(豊かで実りある人生)が得られる「原理原則」が描かれた書籍です。
原則とは・・・①万国共通で不変なもの
②質の高い結果を生みだすもの
③私たちの内面の外側にあるもの
④私たちが理解しなくても、受け入れなくても、必ず作用するもの
⑤自明的であり、理解すれば私たちに大きな力を与えてくれるもの
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人間と動物を一緒にするな!とお叱りを受けそうですが、我が家には猫が3匹生息しています(笑)
犬や猫などのペットを飼ってらっしゃる方は、見返りなど求めていませんよね?ただ、居てくれるだけでいい。存在そのものに愛情を持ち、感謝し、溺愛していると思います。
子供も同じです。居てくれるだけ、存在してくれるだけで「ありがとう」と思う気持ち、「あなた方を産み、育てる責任は100%親にあって、あなた方の思いや考えを否定したり、親の思うようにしつける権利は私たち親にはありません」・・・この思いが無条件で愛することだと思うのです。
ただし、人生の先輩として人の道(原則)に反する行動に対しては毅然と注意を促す。ここはブレずにしていないと、親子ともどもlose-loseな関係に陥ってしまいます。
産むだけ産んでおいて、あとは関心を持たない。放置する。このような姿勢は人としての原則に反する行為であって、お互いに不幸な結果を招きます。
子供には責任はありません!100%親の責任です。
恐ろしいのは、この親の回避行動が「愛着障害」という問題を引き起こしていることです!
*このあたりを詳しく理解されたい方は、「愛着障害」著:岡田尊司、タイトルも中身も衝撃的ですが「毒親の正体」著:水島広子、「毒になる親」著:スーザンフォワードをお読みください。
私自身、子供が小さい頃は「あれをしてはいけない、これをしてはいけない」とずいぶんと“条件”をつけていました(7つの習慣に出会うはるか昔の話し)。
結局、その“条件付きの愛”は子どもたちの主体性を抑圧し、子供のためという楽な言い訳、世間体というどうでもいい言い訳に走る親としての回避行動だったと今は思います。
書籍においてもコヴィー夫妻が陥った子供への“条件付きの愛”が描かれています。
コヴィー夫妻は“本来の愛情の姿”を自分たちの内面で深く問いかけ、語り合い、“無条件に愛すること”についてパラダイムシフトを起こしました。
“べき・ねばならない”といった反応的パラダイムに拘束されていると、無条件の愛とは?について深く考察することもできなくなってしまうという逸話です。
最後に私も大好きな言葉、コヴィー博士も衝撃を受けたと書いてある言葉を引用させていただきます。