第381回「わたしは存在しない」

児玉伸也のブログ

「7つの習慣」は人が人らしく、自分らしい人生を生きるための、そして個人にも組織にも人間関係に置いても、長期的・継続的な効果(豊かで実りある人生)が得られる「原理原則」が描かれた書籍です。

原則とは・・・①万国共通で不変なもの
       ②質の高い結果を生みだすもの
       ③私たちの内面の外側にあるもの
       ④私たちが理解しなくても、受け入れなくても、必ず作用するもの
       ⑤自明的であり、理解すれば私たちに大きな力を与えてくれるもの

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「ペルソナ(他者に対峙するときに現れる自己の外的側面)」:著 中野信子

面白かった!自叙伝ってこういう書き方もあるのね!?と。

「わたしだと思っているものは、わたしではない」・・・話も示唆に富んでいて、切れ味もするどい脳科学者としてTVにも引っ張りだこの中野信子さん。

しかし、私たち視聴者?が知っている中野信子という人間は、「私が中野信子を演じている一部を切り取って見てもらっているだけ。だから、”わたしは存在しない”のっけから見事なつかみ。

終始一貫して、中野信子という人間を、もう一人の中野信子という人間が上空から眺めた(俯瞰している)状態で書かれてる、主観がほぼない!流石です。

昔、ビートたけしと北野武(笑)を読み漁っていたときも同じ印象を抱いた記憶があります。

幾つか非常に共感できたことが書かれていたのでシェアさせていただきます。これ以上読みたい方は書籍をご購入下さい(笑)

「自己責任論を声高に説く人々のほとんどが、恵まれた位置にあるエリートであり強者である。彼らの説く強者の理論は、その理論に従って生きればあたかも自らも強者側にまわったかのようなかりそめの酩酊感と快楽が得られるものでもあるだろう」

⇒ここでは新自由主義と自己責任をひもづけて痛烈に書いています。自己責任って、便利な言葉ですよね。そう言っておけばとりあえずは”自分に火の粉はかからない”。
どうしたってそんな生活をしていればそうなってしまうだろう状況のなかで、周囲からの忠告も無視した結果として、”案の定”病気や怪我をした場合を除いては、随分と勝手で無責任な言いまわしだなと日頃から思っています。

「(フランス留学中は)とにかく、(外国人は)誰もが自分のしたいことをわかっていて、他人の動向をあれこれ気にしないということが(自分には)良かったのだ。これは、世間の目を気にして、空気を読まずには生きていくことが困難な、日本での生活とはまるでちがった」

⇒はげど~(激しく同意)。空気を読め=同調圧力。これほど曖昧なコミュニケーション文化?もないだろうと思います。説明することがめんどくさいのか、本気で相手を尊重していないのか、何時から日本はこんな言葉が”当たり前”に使われるようになったのだろう・・・

「いい歳になってから、いまさら勉強するなんて遅いという人がいる。けれど、学ぶことに年齢は関係ない。いつでも思い立ったときに始めればいいのだ。勉強したいと思ったときが適齢期、だと私はおもう。むしろ、ある程度の年齢になってからの方が、学習効率も良く、有機的な学びができる可能性さえある。若い学生の持っていない材料も持っている」

⇒学びにかんしては、コヴィー博士も、赤羽さんも「学ぶのに年齢は関係ない」と述べているし、学びなおし=リスキリングなんて言葉も最近使われていることから、ほぼ原則といっても良いでしょう(笑)勉強するだと限定的・狭義的な意味合いがしますが、学ぶという言葉はもっと広義的な位置づけであり、生涯続くものだと感じます。

「勝ち組・負け組という言葉があるが、私はあまり好きではない。なんとも下品な言い方で、軽く使われているが、この言葉には稼いでいなければ生きている価値がないとでもいうかのような野蛮で貧しい響きがある」

⇒はげど~(笑)この言葉使う人を私は信用しません(きっぱり)。まさにwin-loseのパラダイムが根深く根付いている人たち。人生をゼロサムゲームだと信じている”欠乏マインド”に染まっている人たち。なにしろ下品な言葉です。

「論理的には”何かが間違っている”というとき、そこには大きく3つの可能性がある。対象に原因があるのか、自分のものさしが間違っているのか、それともその両方か。ほとんどの人が、自分のものさしが間違っているとは考えないようだ」

パラダイムは人それぞれということですね。自分のものさしは絶対ではない、人それぞれに見かたや考え方があるという基本的な考え方。「7つの習慣」でも非常に大事な原則として紹介されています・・・「問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそ問題である」

さて、ざっと気になったところを紹介してきましたが、この中野信子さん、強烈な毒を放つ母親のもとに産まれました。

現在でもコミュニケーションはあまり得意ではなく、幼少期は特に酷かったそうです。自覚するほどのいじめにはあったことはないと記憶しているが、それがいじめであったのかどうかさえ自分にとってはどうでもいいことだったと書かれています。

唯一夢中になれたことが勉強だった。新しいことへの興味・関心は並外れた好奇心があったそうです。そしてその興味の行きついた先が、人間そのものを形成する”脳”であったと。